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ちどりあし

思いつきをつづります。

朝の思いつき

  • 毎朝の思いつきを紙に万年筆で書くのは結構ありかも
    • 万年筆で何かを書くこと自体に楽しみや意味がありそう
    • 何かを毎朝インタラクションするのに意味ある
  • 朝でなくとも、毎日定期的に何かしらのログを残しておくこと自体にも大きな意味あり
  • 以下リンクによると以下のことを朝にするといいらしい
  • 他にも毎朝記録を残すのにどのようなやり方をしている人がいるかを探してみるのもよさげ
    • 計画づくり、修正も毎朝やってみても面白い?
    • とりあえず内容に関わらずA4紙面を埋め尽くすまで何かを書いてみても面白いかも。古文とか何かの写経でもあり?
  • 昨日はアジャイルに関する計画の立て方を読むところまで辿り着いたのが一番の成果?

アジャイルな見積りと計画づくり ~価値あるソフトウェアを育てる概念と技法~

アジャイルな見積りと計画づくり ~価値あるソフトウェアを育てる概念と技法~

アジャイル基本原則

  1. 成果をあげるのが仕事
  2. 人ではなくアイデアを批判
    • 誰のアイデアが優れているのかは二の次
    • 後ろ向きな姿勢はアイデアの敵
    • 単に指摘、批判するより良い点、悪い点をアイデアベースでそれぞれ指摘する
  3. バランスが肝心
    • 奇妙なコードがあってもどういう意図でそういうコードにしたかを理解する
    • そのうえで、まずいところリファクタリングする
    • いきなり全部まるまる書き直すのはいいものではないし短気

アジャイルプラクティス 達人プログラマに学ぶ現場開発者の習慣

アジャイルプラクティス 達人プログラマに学ぶ現場開発者の習慣

数学の感覚:直感

数学とは?

 

 

と聞かれたらどう答えるべきだろう?

 

 

「何か約束(公理)を決めて、その中で推論を進めていくもの」

 

と言う答えは、現代の公理主義的な数学の見方の一面といえる。

 

ところで、仮にこれが数学の「本質」である、と言い切ったとする。

 

大学教養程度の数学をある程度やった人でささえあれば、この言い方には違和感を覚える人は少なくないように思う。

 

これは数学的な見方・考え方で起こる特有の直感的な把握を無視して、記号的な操作にのみ注目してるからだろう。

 

では時に数覚とも言われる直感と、実際の数学の理論の間にどのようなつながりがあるのだろう?

 

これのテーマをフッサール現象学的な見方から考えているのが次の本。

 

 

無理やりまとめるなら、数学を論理的な記号として扱うのは便利だけど、背後にはあくまで数理的直感必要だよね、とうう話。

 

自分は現象学どころか哲学も素人だけど、数学の基礎の考え方さえあれば面白く読めた。

 

逆に数学よくわからんけど現象学はわかるって人は、読んでてしんどいかも。

信頼と進化ゲーム

以前の記事で信頼について調べると書きましたが、今回読んでみたのはこの本です。

20年ほど前の本ですが、非常に面白かったです。

信頼の構造: こころと社会の進化ゲーム

信頼の構造: こころと社会の進化ゲーム

自信ないので間違ってたらすいません(笑)

この本のメインの主張に、「(昔の村社会に代表されるような)集団主義は安心を生み出すが、信頼を破壊する」というものがあります。

一見この命題は逆説的にも見えるます。これは著者が社会的不確実性という「環境」に注目しており、これによって安心と信頼を定義していることによります。

主観的な信頼というものを、直感的に自然な形で定義します。これによって信頼がどのような環境で生まれるかを実験によって調べ、上の命題を主張しています。

この本で特徴的なのは、信頼を進化ゲーム理論の考え方を用いて「信頼」をうまく抽象化して特定の条件下で定量化しています。これによって統計的に優位に相関関係のある因子をうまく調べることを試みています。

進化ゲームというのはあまり聞きなれない言葉かもしれません。実際にこの本では、囚人のジレンマに代表される協力ゲームを繰り返しやっていったときに、被験者の選択がどのような状態に落ち着いていくかということを調べています。

以下囚人のジレンマwikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9A%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%82%B8%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%9E

著者が理学出身の社会心理学者なこともあってか、多くの実験に共通してその実験による目的・考察・実験の限界をはっきりと示しています。複雑な議論を扱っていますが、話の筋道をきれいに示しているため迷うことなく読めました。

部分的にでも信頼という感情を数字の上で解釈することをしてみたい方、ゲームと社会学的な関係を調べて見たい方は是非。

京都ぎらい

読んでみました。

 

 

京都ぎらい (朝日新書)

京都ぎらい (朝日新書)

 

 私が以前京都に住んでいたこともあって、本屋に並んでいるのを見て興味は持っていた。

 

一言で紹介するなら、観光都市「京都」の生臭い裏側を紹介した本といったところ。

 

京都の洛外出身の筆者が、洛中出身の人に京都出身と名乗ることに対してヒエラルキーに対する皮肉めいた非難をされている場面がある。それに対する批判を公平な見方から説明していって、結局洛中の人に対する皮肉につながる様はなかなか面白かった。

 

本の前半部分は特に、汚い京都の話や大胆な推測などがあり、それがすべて皮肉につながっていくのであまり品のいいものではないかもしれない。

 

それでも理想化された京都よりは、実際に近い京都の姿がある程度載っていると思う。

 

まあ目くじらたてずに軽い気持ちで読んでみれば、そこそこには興味をそそられる本かと思う。

 

一風変わった京都観光にいかが?

 

 

どうして「お金」でパンが買えるの?

なんか最近感情ってどういうふうに解釈すればいいのか興味をもった。

別に自分には感情がないとか電波なこというつもりはない。

自分が機械学習をやっているので意思決定の基準を確立を利用した利益最大化として定義することでできることはある程度知っている。 一方で信頼とか怒りとかそういった感情は定量化することはできるのか、できるとすればどのような分野で考察されているのかというところがどうも気になった。

これのきっかけとしては以下の本を見て「信頼」って何なんだろうと思ったのがきっかけ。

「仮想通貨」の衝撃 (角川EPUB選書)

「仮想通貨」の衝撃 (角川EPUB選書)

この本はタイトルだけ見るとビットコインとか最近出てきた仮想通貨の性質を考察しているのかと思ってたけど、実際にはオンラインゲームの通貨などの「バーチャル(仮想的な)」通貨の特徴を見ていくことで、「リアルな(現実の)」通貨の特徴が見えてくるといった構造。

最終的にはオンライン決済・ビットコインなどのただの秩序的なデータ集合がリアルな価値を持っているという一見イカれてる状態は、 普通のお金に対して「みんながこれに価値があると思っている」→「お金には価値がある!」という「お金とはなにか」という話に向かっていく。

かなりわかりやすい話の流れで、一般受けする話の流れだと思う。 ただタイトルがタイトルだけにどうしても手にとって読んでみる層が限られるのかもしれない。

話が長くなったけど、けっきょく何が言いたいかというと直感的に考えてみるとお金って「実利的な」価値はないよね、ということ。

ここで「実利的な」といっているのはパンは食べられる・水は飲めるため「実利的な価値」があるという意味。 具体的に比較すると東京の街中のとある場所で、確実に①、②のどちらか一方をもらうことができるとする。あなたはどちらに価値があると思いますか?というおはなし

①コップ一杯の水+食パン2枚 ②10000円札

この問に対して私なら②のほうが価値があると思う。なぜなら日本のコンビニがあるような街にいる限りお金を出せば①以上の価値を用意に得ることができると「信頼」しているからだ。

ではなんで「信頼」しているのかと聞かれても、今の私の知識では「みんながお金を何かと交換してくるから」という以上に説明することができない。ここに直感とは異なる社会的なシステムを「当然」のものとして私を含めた「みんな」が受け入れている状態がかなり不思議に思えた。

なかなか難しいかもしれないけどちょっと調べてみよう、と思った。

参考になる本とかあったらぜひ教えてください。

はじめてのはてな

はてなブログへの投稿は以前からやってみたいと思いっていたが、どうにも書くことが思いつかないので思いついたことをそのまま書くことにした。

ちなみに今回の投稿は以下のページを参考にしてやってみた。

emacsからのはてな投稿

http://yanqirenshi.hatenablog.com/entry/2016/07/02/Emacs_%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AF%E3%81%A6%E3%81%AA%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%81%B8%E6%8A%95%E7%A8%BF_1

https://github.com/fnwiya/hatena-blog-mode

記事の質よりも投稿数が伸びることを心がけたい。 やっぱり他の人の記事とか数あるとどういう考え方かわかるんで。

まあぼちぼちやっていきます。